廃棄ディスクの再出発。SORPLASが生まれるまで
「音楽や写真、動画など、今ではストリーミングの時代ですが、ソニーは長い間CDやDVDの製造販売を行ってきました。そうやって皆さんに娯楽をお届けしてきた一方で、大量の廃棄物を生み出してしまったのも事実です。役目を終えた光ディスクを、別の形で有効活用できないか? そんな視点からSORPLASの開発は始まりました」
そう振り返るのは、2015年からSORPLASの開発に携わってきた栗山さん。
ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社 SORPLAS事業室 栗山さん
SORPLASの開発自体は、1995年からスタートしました。しかし、そこから再生プラスチックへと生まれ変わるまでに要した時間は約16年。
エンターテインメント企業としての顔も持つソニーが、光ディスクを再生プラスチックへと生まれ変わらせた。こうして言葉にするのは簡単ですが、そこには多くの開発者の想いと試行錯誤が詰まっているのです。
「廃棄された光ディスクの確保自体は、実はそれほど難しくありませんでした。SORPLASの開発が始まる前から、すでに回収ルートが構築されていたからです。本当の課題は、どう再活用するか。すぐにリサイクルできるほどの技術が、当時はありませんでした」(栗山さん)
契機が訪れたのは2004年。廃プラスチックの化学改質を進める中で、ポリカーボネートに高い難燃性をもたらす新たな材料が発見されたのです。
後に「PSS-K」と名付けられる、ソニー独自の難燃剤※です。
※素材を燃えにくくする材料のこと。
「SORPLASの最大の特徴は、このPSS-Kという難燃剤です。ごくわずかな量でしっかりと難燃性を発揮できるので、ほかの部分には廃棄されたCDやDVDなどの再生材をたっぷり使うことができます。結果として、最大99%という、 非常に高い再生材率を実現できるんです」(栗山さん)
回収され、粉砕されたCD。ここから様々な工程を経て、SORPLASへと生まれ変わる。
「既存の、いわゆるバージンプラスチックとの一番の優位性は二酸化炭素(CO2)の排出量が少ないことにあります」
栗山さんの言葉を引き取り、そう話してくれたのは海外販売会社でSORPLAS事業に従事するミシェルさん。2013年の入社以来、SORPLASを世界に届けるため、各国の企業や市場と向き合ってきました。
Sony Semiconductor Solutions (Shanghai) Limited SORPLAS Dept. Manager ミシェル・ドゥさん
「石油から作られるバージンプラスチックは、その製造過程で大量のエネルギーを使うため多くのCO2が排出されます。 一方、SORPLASは廃プラスチックを原料としているため、そのプロセスが不要。つまり同じポリカーボネート(CDやDVDなどに使われていたプラスチック)を作るにしても、SORPLASならCO2排出量を約72%も削減できます」(ミシェルさん)
高いCO2削減量と、光ディスクなどユニークな素材。SORPLASは多くの魅力を備えた素材でしたが、2014年に社外への提供を始めた当初、その価値はほとんど理解されませんでした。
「再生素材って、本当にいいの?」苦戦したSORPLASの船出
SDGsが国連で提唱されたのは2015年ですが、浸透するのはもう少し先のこと。
一部の先進的な国や企業を除けば、当時は今のような環境意識はまだ根づいていなかったのです。
価格の高い再生プラスチックに対しても、「なぜあえて使う必要があるのか?」という声が多く、SORPLASの価値はなかなか理解されませんでした。
「再生プラスチックと紹介しただけで、品質が悪いのでは? バージンプラスチックより劣るのでは? そんなふうに見られてしまう時代でした。でも、SORPLASはすでにソニー製品の一部に採用されていて、品質には何の問題もないことが証明されていたんです。良い素材ですし、使う意義は大きい。そう理解してもらうまでの過程は、 本当に大変でした」(ミシェルさん)
初期の2〜3年は売り上げが立たず、社内でも懐疑的な声が上がっていたといいます。それでもソニーは、SORPLASという挑戦を支え続けました。
ソニーが環境問題に取り組み始めたのは、1970年代から。1990年代初頭には、家電リサイクルにもいち早く着手しています。そうした長年の環境への姿勢は、SORPLASにも受け継がれている。だからこそ、その成長を見守ったのかもしれません。
「2017年頃になると国も人も意識が変わってきて、少しずつ軌道に乗り始めました。嬉しかったのは、世界的なパソコンメーカーに採用されたことですね。最初はACアダプターへの採用から始まり、今では外装カバーやバッテリーパックにも採用いただいています」(ミシェルさん)
少しずつ社会に受け入れられはじめたSORPLASを、もっと多くの場所で活かしていきたい。いま、ミシェルさんが抱いているのは、そんな想いです。
「今は家電業界での採用が多いのですが、個人的には家具や建築材にも広がってほしいと思っています。身のまわりのものに環境に配慮した素材が使われている。今の時代ならきっと、そういうことが喜ばれると思うんです」(ミシェルさん)
そんな未来を現実のものにするために、栗山さんたち開発陣が常にSORPLASを進化させています。その最新の事例が、使用済みとなった テレビの背面カバーを回収し、原材料の一部として活用してSORPLASを製造。新たな背面カバーとして再び活用する「水平リサイクル」の取り組みです。
もっと使える、もっと巡る。SORPLASが描く未来
「まだ日本でしか実現できないことなのですが、家電リサイクル法ではテレビも回収対象になっています。家電量販店やメーカーを通じてリサイクル工場に送られたあと、液晶パネルや背面カバーなどがすべて分解されるんですね。背面カバーは個別に取り外せるようになっているので、CDなどと同じように集めやすいし、リサイクルしやすいパーツなんです」(栗山さん)
光ディスクの回収から始まったSORPLASの挑戦は、テレビの背面カバーの水平リサイクルを通して未来への循環を作り始めています。
「将来的には、世の中に出た家電製品すべてを、リサイクル資源として活用できるようにしたいんです。そのためには、素材だけでなく設計の段階から“もう一度使う”ことを前提に考えていかなくてはなりません。リサイクル材を使うのが当たり前になるだけでなく、“何度でも使える”素材をつくる。そんなサイクルを実現するのが、私たちの目標です」(栗山さん)
「水平リサイクルの技術は、これからもどんどん進化してほしいですね(笑)。それから、個人的にはSORPLASの強度をもっと高めて、使える用途を広げていきたいと思っています。今は水ボトルも原材料のひとつですが、いろいろな素材を使えるようになれば、SORPLASの可能性が開けていくはずです」(ミシェルさん)
SORPLASとともに続く、二人の歩み。最後に、その未来にかける想いをお聞きました。
スーツケースにもSORPLASは採用されている。写真はノベルティ用のミニケース。
「私自身、CD全盛期に育ってきた人間なので、SORPLASに携われるのはシンプルに嬉しいです。ゆくゆくは、リサイクル材が使われるのが当たり前の社会になってほしいですね。意識しなくても、買ったものが実はSORPLASがふんだんに使われていた…そして、その製品が役目を終えても循環して、別の形になって手元に戻ってくる。そういう未来っていいじゃないですか」(栗山さん)
「CDはソニーが開発したものですから、過去に販売した光ディスクがSORPLASとして生まれ変わるのは、本当に意義のある仕事だと思っています。私自身、海外展開の立ち上げをずっと担当してきたので、これからも5年、10年、15年と、SORPLASに関わり続けていきたいですね。一緒に成長してきた、大切な存在ですから」(ミシェルさん)
役目を終えたディスクから生まれたSORPLASは、テレビやパソコンの部品として、暮らしの中へ静かに広がりはじめています。
そんな循環が当たり前のものになっていく日も、そう遠くないのかもしれません。
SORPLASの挑戦は、これからも続いていきます。
“SORPLAS”は、ソニーグループ株式会社の商標です。