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TOP画像:新しくなったTANKERの「HELMET BAG(L)」。1983年のTANKERシリーズ誕生当初からラインナップするベストセラーアイテムであり、そのフォルムは既存のものと変わりません。
「TANKER40周年という節目に向けて動き始めたのは、ちょうど世の中がコロナ禍でストップしていた2020年の頃。人が動かないので、カバンも売れない……。その時に、改めて危機感を持ったんです。今までの当たり前が、当たり前じゃなくなるという現実が、原動力になりました」
株式会社吉田マーケティング部の担当者は、そのように話します。コロナ禍の気づきはTANKER40周年に向けた取り組みを、ただ単に歴史を振り返る企画ではなく、ブランドの未来を見つめる本質的なアプローチにすると決意させたそうです。
「折しもちょうど東レさんが植物由来100%のナイロンを完成させたという情報をキャッチして、もしかしてここに答えがあるんじゃないかと直接会いに行きました」
植物由来100%ナイロン原糸。この状態で生地を織り、その後、染色されます。
東レは2021年に植物由来100%のナイロン原糸量産化に成功(※)。実はそれ以前にも、植物由来原料を部分的に混ぜ込んだ糸はすでに完成していたものの、植物由来原糸は製造コストがかかりすぎました。
※この時点では、ストッキングに使用されるような細い糸で、カバンに使う太く耐久性のあるものではなかったそうです。
東レ側としても、なかなか製品化に結びつかないなかで、「自分たち(吉田カバン)がプロジェクトに合流して実現に向けて進めていけば、製品化の見通しが立てられるのでは?」「それならば、お互い本気出しましょう」と、プロジェクト推進に拍車がかかったそうです。
原料として使用されるのは、トウモロコシとヒマという植物。
ナイロンとは、炭素結合を持つ合成繊維です。したがって植物原料からナイロンを造ることは、理論上は可能な話でしたが、現実的ではありませんでした。東レが開発したのは、トウモロコシとヒマを活用する手法であり、トウモロコシの実から炭素を取り出します。ヒマは種から油を抽出。このふたつの原料を元にして、ナイロン原糸を造り出します。
ただしこれを量産ベースに乗せるのは、困難を極めました。従来のTANKERに要求される様々な強度・物性スペックを担保するために、工場スタッフの不断の努力が続き、ようやく完成にこぎつけます。問題が起きるたびに原因を探し、解決策を考える、そのようなプロセスの繰り返しでした。
ナイロンの炭素結合構造を持つチップ。この後、このチップが溶かされ、糸状に成形されます。
「東レさんの持つ高度な専門技術で、なんとか糸の量産にこぎつけました」
“植物由来プラスチック”とはよく聞きますが、“植物由来ナイロン繊維”となると今回が初の商品化事例なのです。
「完成した原糸から、北陸の丸井織物さんにサンプル生地を織っていただき、同じく北陸の小松マテーレさんでTANKERの生地色に染めていただく。そして弊社(吉田)の職人に実際に縫製してもらう。シリーズの製造に昔から関わる各部門で細かくチェックをしていただき、問題点をフィードバックするやりとりを続けました」
TANKERは長い歴史のある製品ゆえに、すでにお客様からの揺るぎない信頼を獲得しています。強度や耐久性、光沢感など、生地が変わったからといって機能と外観を損なうわけにはいきません。まったく素材が異なるTANKERであるけれども、誰が見てもTANKERである必要性があったのです。
「実際に、今回のTANKERシリーズは、検査項目すべてにおいて同等もしくは既存製品を上回る結果となりました」
原糸開発から、量産ラインに乗せる段取りをクリアし、さらには既存ナイロンと同等以上の品質に引き上げた、その結果が素晴らしいです。
東レ 愛知工場。70年前の設立当初の姿を今なお残す、貴重な製造現場です。国内初のナイロンはこの工場から生まれました。
この原糸を製造したのは、東レの愛知工場。1951年に日本で初めてナイロン糸を生産したこの歴史的工場には、PC制御の最新設備だけではなく、設立当初から人間が目視で調整を繰り返してきた昔ながらの製造機械が残っていました。加えて、脈々と受け継がれてきた技術者の知見も大いに役立ったといいます。
吉田カバンの担当者は、「東レさんがこの素晴らしい生産ラインを大事に維持してくれていたことで、こんなに難しい挑戦ができた」と、振り返ります。出来上がったサンプルに対して、それぞれのプロが厳しい視点でチェックを重ねる。そのチェックポイントに対して、さらなる調整をして次のサンプルを製造する。そうした改善の積み重ねは、日本が得意としてきたモノづくりの姿です。
生地以外にも、TANKERシリーズで新たに変更されたディテールがあります。例えば、ファスナーのつまみ。
スライダーの先が隆起しています。このデザイン変更により、爪の長い指でも引きやすくなったそう。
「つまみの先端を折り曲げることで、指で挟みやすくなるんです。当初は男性向けに開発したTANKERシリーズも、今では女性の方々も持ってくださいますし、年配の方々も持ってくださいます。これならヨーロッパなどの寒冷地で、手袋をしたままでも、スライダーをつまみやすいんです」
ナスカン(※バネ板で可動)は、開いた内側もしっかり塗装。以前は、この内側部分は塗装されていませんでした。
ネームはプリントではなく、刺繍。これ以上小さい文字の刺繍はできないというギリギリのフォントサイズが使用されています。これも世界最高峰の技術。
ユーザー層が広がり、海外の皆さんからもTANKERが支持されるようになったことを受け、「PORTERって品質がいいって買ったんだけど、塗装がすぐ剥がれてしまった」「ブランドネームが擦り切れてしまった」という声が、若干ながらも届くようになったそうです。
発売時に掲げた“経年変化するパーツたち”というコンセプトでしたが、「40年来、経年変化を“是”としてきたんですけれども、この先を見据えたときに、ここは変えていいコンセプトだろうという結論に至りました」。
かくして、新しいTANKERの金属パーツには、6回の塗装が施されます。ナスカンも、バネを引いた状態で塗装されていて、塗装されない箇所はもうありません。さらに注目したいのは、ナイロン生地の撥水加工方法。生地表面には水を弾くための加工が施されていますが、すでに欧州では問題視されはじめているフッ素加工ではなく別手法のコーティングに置き換えています。
眼の前にあるTANKERの外観は、既存品と何ら変わりません。しかし製品からひしひしと感じられる、並々ならぬこだわり。その熱い想いは、1983年にTANKERが世に送り出された当初と変わりません。
新TANKERシリーズの「DAYPACK(XL)」。21Lの大容量で、日常使いから短期旅行まで幅広いシーンで活躍。
1983年当時、吉田カバンが「一針入魂」をモットーに、丁寧な縫製の男性向けカジュアルバッグを作ろうとしたのがTANKERシリーズの企画意図だったそうです。まだ男性が休日にバッグを持つ習慣がない時代、そこにMA-1という誰もが知るアイテムをバッグに落とし込んだのがTANKERでした。
「パリコレを運営する裏方さんや、一部のスタイリストさんがTANKERのウエストバッグを斜めにかけて、ガムテープを2個も3個も吊るしながら使ってくれた。それを見た方々が、あのバッグは何だろうって広まったんです」
TANKERシリーズは、その企画意図からして斬新なものでした。実際に、最初に共感したのもファッション関係者。軽くて、丈夫で、機能的。そのうえ職人による丁寧な縫製が、他とは一線を画します。
そして植物由来100%ナイロンとなり、地球環境に対するプラスのメッセージが加わりました。そのことは、TANKERブランドへの新たな共感を呼ぶに違いありません。
未来を見据えたメイド・イン・ジャパンの挑戦。それはゼロからイチを生み出す作業。複数企業がひとつのバトンをリレーしつつ、同じ目線で目標をクリアしていくこと。改善を重ねながら、できないことを現場の努力でクリアしていくことです。
今回のリニューアルで、TANKERシリーズの価格設定は確かに引き上げられました。その一方で、製造コストはこれまでとは比べ物にならないとも……。それでもTANKERシリーズは、生まれ変わる必然性がありました。もともと尖っていたコンセプトは、再び切れ味を増したという表現が正しいでしょうか。TANKERシリーズの世界的な人気は、今後もますます高まっていきそうです。
新TANKERシリーズ発売を記念して、伊勢丹新宿店本館2階 イセタン・ザ・スペースを会場に、スペシャルプロモーションが開催されました(※現在は終了)。今後は韓国・ソウルを皮切りに、ロンドン、パリ、ミラノ、ベルリン、ニュージャージー、香港、マカオと、世界各国の都市を巡回。生まれ変わったTANKERシリーズが世界の人々の目に触れていきます。