映画そのものが私たちを楽しませてくれるのはもちろんですが、映画体験に欠かせないのが映画館です。映画館は年月を経るごとに“味”が出てきて、その歴史さえも愛おしく感じられるもの。では、塩化ビニールを素材とするスクリーンはどうでしょうか? その行く末を意識することは、ほとんどないのではないでしょうか。
「映画業界の中でも、映画館の運営に関わっていないとなかなか知ることはないのですが、スクリーンの耐久年数は8年から10年です。老朽化したスクリーンの使い道はないので、産業廃棄物として扱われていました」
東京テアトル株式会社 商品開発室 小西慶太さん。小西さん所属の商品開発室では、映画館のオリジナルドリンクメニューやオリジナルグッズの開発を行っているのだそう。
日本のスクリーン数は3,653※。この数字だけを見るとピンとこないかもしれません。ですが、映画館の壁面いっぱいに広がるスクリーンの大きさを想像すると、廃棄される量の多さが見えてきます。
※一般社団法人日本映画製作者連盟の産業統計より。
「常に強い光を当てて映写するため、スクリーンの劣化は想像以上に激しいものなんです。時間とともに表面が焼けてきてしまう。さらに、人の動きで発生するほこりへの対策も欠かせません。映像に影響を与えるので、傷にも気を遣う必要があります。舞台挨拶の際は、キャストの方々にもスクリーンに触れないよう注意をお願いしているほどです。映画に関わる方々の中でも、こうしたスクリーンのデリケートさを知る人は意外と少ないんですよ」
こうしたデリケートさはあるものの、裏を返せば「強い光の照射に長期間耐えうる耐久性」を擁しているとも言えます。また、撥水性が強く、定期的にスクリーンを洗浄することもあるそうです。その際はスクリーンを張った状態で、一気に洗浄してしまうのだとか。
映画館のスクリーンは、音を通すためのサウンドホールが空いている。このサウンドホールをそのまま活かしているのも、SCRE:ENらしさの一つ。
「役目を終えたスクリーンが廃棄回収されるたびに、思っていたことがあります。それは、スクリーンに込められた“お客様の思い出”をどうにか出来ないか…ということでした。普段は間近で見ることも触れることも出来ないスクリーンを、手元に残すことが出来たら? 日常使いできるようなアイテムに落とし込んだら? そうして始まったのが、SCRE:ENなんです」
第一弾で発売されたSCRE:EN <BOOK COVER>。
SCRE:ENはその名の通り、映画館で回収されたスクリーンを裁断し、バックなどの小物にアップサイクルしたプロジェクト。2023年5月の発売後、数日でオンラインショップの在庫がなくなるほどの反響があったそうです。
「映画の思い出を手元に届ける。これがコンセプトなので、まずは、映画ファンに届けばいいと考えていたんです。ただ、我々の予想を超えてファッション感度の高い20代の方や、環境意識の高い方にも注目していただけた。スクリーンを蘇らせようと思っていただけなのに、色々な方に刺さって嬉しい…というのが本音です笑。ちなみに第一弾のラインナップは、ブックカバーとトートバック、ポーチ二種類です。日常使いしていただけるものを目指しました」
多くの方の支持を得て、2024年5月には第二弾を発売。PCケースや、あずま袋、コインケースなど、バリエーション豊かなラインアップになっています。第一弾同様、一部の商品はすぐにSOLD OUT。SCRE:ENが登場してからわずか1年ですが、その注目度の高さがわかります。
「トレンドを意識したデザインになっているので、ファッションアイテムとして楽しんでいただくのもいいのですが、個人的に推したいポイントが二つあります。まず、細かなしわや傷です。これらはスクリーンが現役時代についたもので、何一つとして同じものはありません」
第二弾ラインナップの一つ、SCRE:EN <MULTI HOLDER BAG>。オンラインショップから購入が可能だ。※2024年11月時点。
スクリーン由来のSCRE:ENは白色の製品が殆どで、汚れを気にする方もいるかもしれません。ですが、塩化ビニールなのでアルコールにも強く、自分でもメンテナンスがしやすいのだとか。
「 もしかしたら、自分が観た映画が上映されたスクリーンかもしれない…そんな風に想像してもらうのが、SCRE:ENの一番の楽しみ方だと思っています」
様々な層に、様々な楽しみ方を提供するSCRE:EN。今でこそ鞄やケースを中心としたラインナップになっていますが、正式なリリース前は栞からテストマーケティングが始まったそうです。
「お客様の反応を見るために、最初は自分たちでスクリーンを切って手作りの栞を配布していました。確か、2021年頃だったと記憶しています。あの時は、まさかここまでラインアップが広がるとは思っていませんでしたね笑。製品化にあたって苦労したのが、縫製をしてくれるパートナー探しです」
スクリーンは塩化ビニール素材なので、布のような縫いやすさはありません。さらに、強度を補うために裏地をつけるケースもあります。つまり、アパレルの雑貨と変わらない工程を踏む必要があるのです。
SCRE:EN <PC CASE>(左)とSCRE:EN <AZUMA BAG>(右)。<PC CASE>は現在も購入可能。
「ただ、幸いなことにSCRE:ENのデザインを手掛けてくれているデザイナーがアパレル関係者で、その伝手を辿って工場を見つけることが出来ました。そこからサンプルを作成し、我々はもちろん、他の方にも使っていただきながら調整を繰り返しています。製品の形になるまでに、手間暇をじっくりかけています。ですから、原価がどうしても高くなってしまうのが悩みどころではありますね」
SCRE:ENの価格帯は3,000円台が中心。スクリーンの使用面積や縫製の手間によって価格が上がっていき、中には6,000円台のものもあります。雑貨という括りで見るとそれほど高価ではありませんが、大抵の映画のパンフレットが1,000円台であることを考えると、少し高く感じてしまうかもしれません。
「ただ、SCRE:ENの場合は、お客様が“映画の思い出を手元に”という想いに共感し、購入していただいています。ありがたい話ですね」
SCRE:EN第二弾のメインビジュアル。より多くの人に知ってもらうためのPR戦略も行っている。
映画館の廃棄物として扱われていたスクリーンに、新たな価値を見出したSCRE:EN。映画ファンの心に寄り添うプロジェクトとしてスタートしながらも、現実の環境問題に対しても確かな一歩を踏み出しています。
そんなSCRE:ENの今後は「とにかく知ってもらうこと」から始まると小西さんは言います。
「今は日本の映画館の廃棄スクリーンだけを使用していますが、海外にも映画館が無数にあり、そのスクリーンは活用されることなく捨てられています。SCRE:ENがもっと知られて、その市場が広がっていけば、より多くの映画館のスクリーンを蘇らせることが出来ると思うんです」
世界中の思い出が詰まったスクリーンをアップサイクルする。その想いが実現した時、SCRE:ENは映画と同じように“お金では表せない”価値を生み出すものになるのかもしれません。