身近にあるのに知られていない、日本の資源 ヨウ素
原油や天然ガスが採れない日本で、世界第2位の産出量を誇る資源があります。それが、ヨウ素です。
年間約3万4,000トンの世界産出量のうち、日本が占めるのは約30%。第一位のチリが約60%を占めているので、この2カ国だけで、世界のヨウ素供給の9割近くを担っている計算になります。
「ヨウ素は人間にとって、とても身近な元素です。私たち伊藤忠ケミカルフロンティアは古くからヨウ素を取り扱っていますが、使用用途として現在もっとも多いのがレントゲンの造影剤です。重い元素であるヨウ素はレントゲンのX線を吸収しやすく、造影剤を投入すると患部が白く投影される仕組みになっているんですね」
そう話すのは、伊藤忠ケミカルフロンティア添加剤・ヨウ素 課長の武内さん。
同社は1971年の創立以来、ヨウ素を主要な商材として取り扱いを続けてきました。
「人間の体にもヨウ素は必要で、日本人は海産物から摂取しています。海水にはヨウ素が含まれていて、海洋で生きる魚介類や海藻類も同様なんです。海産物を食べる習慣が日常的ではない国では、食塩にヨウ素を添加することもあるんですよ」
世界中の海に含まれるヨウ素。ですがなぜ、日本で多く産出されるのでしょうか? 海外で産出されてもおかしくはないはず。
その答えは、“かん水”にありました。かん水とは、古代の海水が地殻変動によって地中に閉じ込められたもの。千葉県や新潟県、宮崎県では地下約500~2,000メートルにヨウ素が濃縮された“地下かん水”が蓄えられているのです。
日本という地形が生み出した、まさに天然の恵みです。埋蔵量は数百年分あるそうですが、有限な資源であることには変わりありません。
そこで伊藤忠ケミカルフロンティアが約40年前から取り組んでいるのが、ヨウ素のリサイクルです。
環境もビジネスも両立させるための、リサイクル
「先ほど人体に必須の成分とお伝えしましたが、濃度の高いヨウ素は劇物にあたります。また、ヨウ素は、様々な化学物質を含んだヨウ素化合物としても利用されます。そのため、単純に廃棄することはできません」
※ヨウ素自体の取り扱いや、ヨウ素化合物の廃棄は法律で厳しく定められています。
※ヨウ素自体の取り扱いや、ヨウ素化合物の廃棄は法律で厳しく定められています。
さらにヨウ素は、天然資源であるが故の問題を抱えていました。需要と供給のバランスが崩れるタイミングが、定期的に訪れるのです。
ヨウ素の結晶
「医療の進歩とともに、ヨウ素の需要は増え続けてきました。それが顕著になったのが1980年代です。そのタイミングで我々は、レントゲンの造影剤のリサイクルに取り組み始めました。海外の造影剤メーカーにヨウ素を販売し、彼らが造影剤を製造した後に出てくる廃液を日本に輸入。その廃液から再びヨウ素を抽出し、製品として販売するというわけです」
廃液に含まれる他の化学物質も含めて、ヨウ素の取り扱いには注意が必要です。さらに、貴重な資源であるヨウ素を使い捨てにするのは損失に繋がる。
ビジネスと、天然資源の持続供給。その二つの観点で、伊藤忠ケミカルフロンティアは自然とヨウ素のリサイクルという選択肢を選び取ったのでした。
そして、時代の移り変わりとともに、その意味と価値は重みを増し続けています。
この30年以上にわたる取り組みが、2025年、世界最大の造影剤メーカーであるGEヘルスケアから評価されたのです。
「『造影剤があることで、一日に何万人もの命を救っている』。これはGEヘルスケアの言葉ですが、今の社会にとって非常に重要な事業であると我々も認識しています。その造影剤を支えるヨウ素のリサイクルを通じて、限られた資源を循環させる。それが、持続可能なヨウ素産業の未来につながると信じています」
2024年には燃焼炉の増設を始めとした大幅な設備の見直しを行い、ヨウ素のリサイクルをさらに加速させようとしています。
社会的な責任も果たしながら、事業も成長させる。企業としては理想的な流れに見える一方で、ジレンマがあると言います。
それは、世界第二位の産出国であるにも関わらず、“日本国内の需要が低い”ということ。
日本の資源を、国内で使う日は来るのか。新たな需要に寄せる期待。
「ヨウ素の最大用途である造影剤のメーカーは、ヨーロッパに集中しています。他国でも造影剤メーカーが立ち上がり始めていますが、日本国内にはそのプレーヤーがいない状態です」
日本で産出されたヨウ素が海外で加工され、造影剤として日本に戻ってくる。
つまり、医療用途としての需要はあっても、国内企業の需要が少ないという状況なのです。
そんな中、武内さんが期待を寄せているのが“ペロブスカイト太陽電池”です。ペロブスカイト太陽電池は軽量かつ、折り曲げられるほどの柔軟性があり、透過性も有している次世代の太陽電池。実用化が成功すれば、ビルの窓ガラスにペロブスカイト太陽電池を設置して発電することも可能です。
「ペロブスカイト太陽電池は日本のメーカー主導で製品化に向けて開発が進められていて、必要な材料の一つがヨウ素なんです。政府にも期待されている新技術で、これからの展開が楽しみです。広く普及すれば、日本の貴重な国内資源を、国内で活用できるわけですから」
最後に、ヨウ素に込めた武内さんの想いをお話いただきました。
「ヨウ素は目立たない存在ですが、人の命を救う医療や、未来を変える先端技術に使われています。ヨウ素のサプライチェーンを維持することは、社会を支えることと同義なんです。ですから、これからも責任感をもって事業に取り組んでいきたいと考えています。業務に取り組んでいく中で、日本はヨウ素を豊富に有している。その事実を多くの方に知っていただきたいですね」
日本が誇る数少ない天然資源を、環境と向き合いながら世界に届ける。その積み重ねこそが、未来を紡ぐ見えない力となっていくのかもしれません。