地域を守り・継承する「持続可能な観光」は次世代の観光スタイル
「持続可能な観光」を意味する「サスティナブルツーリズム」。環境汚染や生活環境破壊などを引き起こさないよう、観光客、観光関係事業者、受け入れ地域が「環境」「文化」「経済」の3つの軸に配慮し、持続可能で発展性のある観光を目指す取り組みだ。
近年、サスティナブルツーリズムの必要性が高まっている背景には、1970年代以降に広まったマス・ツーリズム(観光の大衆化)がある。マス・ツーリズムとは、富裕層に限られていた観光旅行が、一般大衆にも広く行われるようになった現象のこと。アジア諸国の所得の向上やジャンボジェット、安価な旅行手段の登場によって発展途上国を含め国際的な観光産業は急成長を遂げ、大規模開発、大量輸送、大量消費を目的とする観光が主軸となった。
マス・ツーリズムにより観光客は増加し、過剰な来訪や負担の大きい開発などが原因で、受け入れ側である住民の生活環境や地域、自然環境、文化に負の影響が生じる状況になった。観光は地域にポジティブな効果だけではなく、ネガティブな影響を与えることが認識され、サスティナブルツーリズムという概念が大きな広がりを見せるようになったのだ。
2015年に採択されたSDGsでは観光が明記されているテーマもあり、国際レベルではサスティナブルツーリズムが進みつつある。
世界で最もサスティナブルな国として選ばれたこともあるスロベニアは、サスティナブルツーリズムの先駆者として、Green Scheme for Slovenian Tourism(スロベニア観光のためのグリーンスキーム)という独自の観光地向け・観光事業者向けの基準を採用している。基準を満たすとスロベニアグーリンという格付けが与えられる仕組みだ。
首都リュブリャナなどを含む59の観光地や多くのホテル、レストラン、旅行会社などが認証を受けており、なんと国内の約80%が持続可能な観光地として積極的に取り組んでいる。さらに首都リュブリャナは、ヨーロッパで初めて廃棄ゼロに向けて取り組みを始めた都市でもあり、「天然ガスで走る市バス」「電気鉄道」が導入されており、EUで最も環境に配慮された首都と呼ばれている。
海外に比べてサスティナブルツーリズムの認知度・浸透度が低い日本でも、一部の地域では少しずつその取り組みが広がっている。
岐阜県の飛騨市を拠点とする「SATOYAMA EXPERIENCE」は、サステナブルツーリズムの国際基準「Travelife Partner」を、2023年に日本で4社目、国内の地方部では初めて取得した。「Travelife」はツアー事業者や旅行会社を対象に、持続可能性について審査を行う国際認証団体のことで、35以上の国の旅行業協会が推進している。
「SATOYAMA EXPERIENCE」は「暮らしを旅する」をテーマに、2010年に飛騨里山サイクリングを始め、今では国内外から年間5000人近くのゲストが訪れており、、Travelifeが定める事業所の運営管理、旅行商品、国際的なビジネスパートナー、顧客情報などに関する100以上の基準をクリアしたツアーサービスだ。2020年には、「100年後の町並みをつくる」をコンセプトに分散型ホテルを開業し、宿とツアーを通じて飛騨の環境や文化を伝えている。
また、岩手県・釜石市は、国際基準であるグローバル・サステナブル・ツーリズム協議会(GSTC)を2016年より導入しており、日本のなかでもサスティナブルツーリズムに積極的に取り組んでいる自治体だ。
2018年には日本で初めて、観光地の国際的な認証機関であるグリーン・ディスティネーションズの「世界の持続可能な観光地100選」に選出された。釜石市の主な取り組みとしては、観光SDGsマネジメントや観光従事者を増やす活動、プラスチックを使用しないイベント開催などがあり、「住民が生き生きと暮らせる観光地」 を目指して活動している。
サスティナブルツーリズムを浸透させるためには観光地自身が、その受け皿を作る必要がある。その一方で、旅行や観光をする際にサステナビリティを意識する人が増加し、観光客自身の意識も高まりつつある。観光地の汚染やマナー違反、宿泊施設アメニティの使い捨てに、食品ロス、ごみの増加などを懸念している観光客が増えたのだ。
大手旅行サイトでは、サステナビリティに配慮した宿泊プランが好調傾向であり、連泊時の清掃頻度やアメニティ提供が控えめなエコプラン、食事量は控えめだが、良い食材を使用したり特典や割引がある美味少量プラン、地産地消プランが人気を集めているという。環境保全の側面からだけではなく、その地域の文化を感じ継承することで経済を循環させる視点があるのも、サスティナブルツーリズムならではだ。
観光地と観光客。双方の変化によって形作られていくサスティナブルツーリズムの今後に期待したい。