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3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

着実に成長を続ける世界の3Dプリンター市場。医療、自動車、建設など、様々な分野での活用が期待されています。市場も拡大していく中、忘れてはならないのが環境への配慮。新しく始まった産業だからこそ、早くから持続可能性を視野に入れていくことが重要なのです。そこで旭化成が開発したのが、セルロースナノファイバー(以下、CNF)とプラスチックを組み合わせたCNFコンポジット。この素材は3Dプリンター市場にどのようなインパクトをもたらすのでしょうか。

丈夫で美しい。旭化成のCNFコンポジットに秘められた多様な可能性
3Dプリンターという言葉を私たち生活者が耳にするようになってから久しいですが、その材料について知っている方は少ないのではないでしょうか。
3Dプリンターは、ペレットやフィラメントと呼ばれる造形用の材料で出力されます。通常のプリンターでは、インクに該当するものです。現在使用されているものは大まかに、植物由来プラスチックのPLA、石油化学由来プラスチックのABS、PETの三種類。ですが、そのどれもが「加工しづらい」「反りが強くて造形が難しい」など、何かしらの短所があります。
「我々のセルロースナノファイバーコンポジット(以下、CNFコンポジット)は、そうした課題を解決する新しい素材です。CNFとは、植物の細胞壁に含まれるセルロースから抽出されたナノメートルスケールの細い繊維状物質のことです。そのCNFにプラスチックを組み合わせたものが、CNFコンポジットになります。現在はパートナー企業の方々に試験的に使っていただいていて、2025年には正式にリリースする予定になっています」

と、前川さん。サーキュラーエコノミーを実現しうる素材の研究開発を行うXRP開発プロジェクトのプロジェクト長です。
3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

高機能ポリマー技術開発センター XRP開発プロジェクト プロジェクト長 前川知文さん

続いてCNFコンポジットについて説明してくれたのは、2017年から開発に携わっている楠本さん。
「3Dプリンターの材料に、弊社のポリアミド※ベースのCNFコンポジットを使っていただくと、樹脂の流れ方が変化し、3Dプリンターのノズルから出やすくなる特長があります。下から上へと層を積み重ねていく形式の3Dプリンターでは、ノズルからの出力がスムーズになるほど、層の密着が強くなっていきます。そして、最終的に得られる造形物強度がとても強くなる。この徳利はCNFコンポジットで出力したものなのですが、柔軟で力を加えても割れません。ところが、通常のフィラメントで成形すると、ちょっと曲げるだけで簡単に割れてしまうんですね。積み重なる層の密着強度が強くなると、こういうメリットが生まれてくるんです」
※丈夫で柔軟なプラスチック素材の一種。
3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

研究・開発本部 サステナブルポリマー研究所 XRP開発プロジェクト 楠本紗良さん

剛性だけではなく、柔軟性も実現するCNFコンポジット。様々な用途への活用を見据えて試作品が作られていて、堅牢な容器から、柔軟性に富んだ蛇腹構造の部品まで、そのバリエーションは多岐に渡ります。
そうした機能性の実現だけではなく、見た目の美しさも担保できると楠本さんは続けます。
「弊社のCNFは耐熱性の高い原料から作られているので、綺麗に着色ができるのも強みですね。一般にはあまり知られていないかもしれませんが、着色にはCNFの耐熱性が求められるんです。また、先ほど強度のお話をさせていただきましたが、通常ではフィラメントの強度を追求するためにガラス繊維などが使われます。ですが、ガラス繊維のような硬い材料を使うと、表面にざらつきが出てしまうんですね。CNFは柔らかい繊維材料なので、強度を保ちながら、外見の美しさも実現できます」
3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

CNFコンポジットで成形した試作品の数々。その表面はなめらかで、既存の製品とそん色がないレベル。

3Dプリンター業界は若い。だからこそ、環境への眼差しを忘れずに
強度から外見の美しさの担保まで。CNFコンポジットは様々な要望に応え得る機能を持っています。ですが、素材の真価は使われてこそ発揮されるもの。
「実は、3Dプリンターを使いこなしている会社は少ないんです。よく聞くのは、装置はあるけれど故障して使っていない、導入したものの誰も使っていないという声ですね。その背景には、そもそも使いこなしが難しい。既存のフィラメントでは限界がある。といった問題があるのではないでしょうか。ですから、我々がCNFコンポジットをフィラメントに提案しても、すぐに使っていただける状況ではないことを実感しています。」(楠本さん)
3Dプリンターの普及が加速したのは、2013年。既に10年以上が経過しています。我々生活者が気づかないうちに、3Dプリンターで出力された商品を手にしているのではないか。そんな風に感じますが、日本においては「製品の試作段階」でのみ使われることが多いそうです。
とはいえ、3Dプリンターの市場は今後10年で加速度的に成長していくと予測されています。そのタイミングで重要になってくるのが、環境への配慮。環境への配慮がなされないまま進化してきた多くの産業とは異なり、これから成長していく市場だからこそ、初動が重要になってくるはず。そして、CNFコンポジットはその課題をも解決する可能性を秘めています。
「CNF自体が環境負荷の低いものになるのですが、ベースポリマーであるポリアミドにエコニール®を採用することになりました。エコニール®は使用済みの漁網やカーペットを原料とした廃ポリアミドをケミカルリサイクルしたものになるので、より環境に配慮した素材になっています」(前川さん)
Equallybeautifulでも度々紹介してきたエコニール®。通常のポリアミドと比較すると、CO2排出量を最大90パーセント削減できる環境配慮型素材です。エコニール®を採用したことで、CNFコンポジットは原料段階での環境負荷低減を実現した訳ですが、役目を終えたその先の循環性についても高い性能を保持しているそうです。
良いものづくりを追い求めることが、サスティナブルに繋がっていく
「使用済みの製品をどう回収していくのかといった課題はあるものの、CNFコンポジットはマテリアルリサイクルにおいても優れた特性があります。リサイクルは粉砕した後にペレットにして再成形するというステップで行われていくのですが、我々の実験※では、5回のリサイクルを経た後でも物性の90%以上を保持できることが確認できました。CNFコンポジットのナノスケールの繊維は粉砕過程でもほとんど変化しないため、その特性を長期にわたって維持することが可能なんです」(前川さん)
※インジェクション成形による実験。インジェクション成形とは、溶かしたプラスチックを高圧で金型に注入し、冷却・固化させて製品を作る製造方法のこと。
今回見せていただいた試作品の中には、椅子もありました。製作に使われているのは、もちろん3Dプリンターのみです。リサイクル性に優れるということは、どんなサイズであっても再活用が可能ということ。つまり、この椅子がその役目を終えても再活用されるのです。3Dプリンター技術が進化し、大型な製品の製造が可能になっていくにつれ、CNFコンポジットの優れたリサイクル性は存在感を増してくるのではないでしょうか。
3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは

試作品の椅子。このサイズのものでも、1~2時間で出力が可能。CNFコンポジットが使われているので、もちろん着色も出来る。

まさに、次世代を見据えたものづくりです。ですが、旭化成の環境への取り組みは今に始まったことではありません。旭化成は古くから、コットンの種子の産毛であるコットンリンターを活用してベンベルグという繊維を生産してきました。そのコットンリンターを活用して出来上がったのが、今回のCNF。つまり、旭化成にとってCNFは真新しい素材ではなく、長年のものづくりの流れから生まれたものなのです。
最後に、お二人が目指していきたい未来についてお話しいただきました。
「何よりも、まずはCNFコンポジットを使っていただきたいです。実際に使っていただければ、素材の良さを理解していただけると信じています。私自身が3Dプリンターでの造型や技術開発を行っているので、“実際にCNFコンポジットを使っている”目線でお話できることが沢山あると思っています。展示会に参加する際は私もいますので、気軽にお声がけいただけると嬉しいです」(楠本さん)
「我々サステナブルポリマー研究所が目指すのは、気兼ねなくモノを使える社会の実現です。ですから、可能な限り耐久性の高い素材を作り、その素材をリサイクルできるように設計する。この繰り返しがサーキュラーエコノミーに繋がっていくと思うんです。今回のCNFコンポジットに限らず、すべての素材に対してそういう想いを入れて開発していますし、今後も研究開発を続けていきたいと思います」(前川さん)
3Dプリンターの未来が変わる。旭化成の新素材、CNFコンポジットとは
サーキュラーエコノミーの実現に向けて、旭化成の歩みは続いていきます。
CNFコンポジット展示会情報(※実施済み分を含みます)

2024年10月15~19日 Fakuma(ドイツ・Messe Friedrichshafen)
2024年10月29~31日 サステナブルマテリアル展(日本・幕張メッセ)
2024年11月19~22日 Formnext(ドイツ・フランクフルト国際見本市会場)

旭化成CNFコンポジット
writer
Equally beautiful編集部
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