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サステナブル漁網を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

サステナブル漁網を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

サステナブル漁網を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

伊藤忠商事が、イタリアのAQUAFIL(アクアフィル)社との業務提携を発表したのが2021年。AQUAFIL社によるリサイクルナイロンブランド「ECONYL®(エコニール)」を活用した漁網作りが、いよいよ日本ではじまります。エコニールは海洋などで使用され、廃棄された回収漁網を原料の一部としていることから、この取り組みにより、“サステナブルな漁網”が完成します。その漁網製造を手掛けるのが、兵庫県赤穂市から世界の漁業現場に漁網を届ける桃井製網なのです。

TOP画像:桃井製網 代表取締役 桃井一光さん
漁網はかつて、天然素材で作られていた?
「じつを言うと漁網は、今から60年ぐらい前までは綿で作っていました。たとえ海の中で放棄されても、いずれは自然に還るバイオ素材だったんです」
サステナブル漁網 を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

天然植物繊維時代の漁網糸(左)と、曳網漁網(右)

そう説明するのは、桃井製網の代表取締役 桃井一光さん。桃井製網は、1905(明治38)年に、兵庫県赤穂市で創業。いまでは海外複数拠点に製造工場を持ち、その子会社を含めると従業員数およそ1400名におよぶ世界有数の製網メーカーです。
桃井社長は、およそ60年前に起きたターニングポイントをこう振り返ります。
「自然に還るバイオ素材で作られていたが故に、船の甲板の上で腐って悪臭を発生させていたんです。しかも綿は水を吸うと倍以上の重さになり、引き上げるのも大変。漁師さんたちからしたら非常に使いにくいものでした。こうした問題を何とかせねば、というのが当時の課題でした」
このニーズに答えるべく注目されたのが、ナイロン素材です。ナイロンは腐らず、臭くならず、天然繊維と比較すると吸水率は極めてわずか。この素材こそが、漁業に革命を起こすとまで言われたそうです。結果、ナイロン製の漁網がみるみるうちに浸透し、現在に至ります。
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天然植物繊維から合成繊維に切り替わった頃(推定1960年代)の漁網製造の様子。桃井製網赤穂工場

その後の水産業界における焦点は、グローバリゼーションの中での資源ナショナリズム。200海里までが自国の水域であり、他国船は排除すべし、さらには母川国主義(※)も叫ばれ始めました。
※母川国主義(ぼせんこくしゅぎ)とは、その魚は、生まれた川の国に帰属するという説。
「鮭や鱒(ます)は川で生まれ、国境を跨いで海を回遊します。ところが、アメリカの川で生まれた鮭はアメリカのものと、アメリカが主張しはじめ、ロシアもこれに同調。結局、遠洋漁業では、その国に入漁料が支払われるようになりました。すると、漁網のコストダウン要求が始まります。入漁料を補填するべく、漁業者は経費削減が求められ、その一環として安い網が求められるようになったのです」
さらに時代が進み、30年前には入漁料に加えて、漁獲上限も決められることになりました。いよいよ漁業不遇の時代へと突入です。口火を切ったのは、またしてもアメリカでした。アメリカは自国水域において、他国船の漁業を禁止したのです。
そうしたなかで、漁網に対する要求はさらに変化していきました。“安い網”という大前提はそのまま、複雑かつ多様化していったそうです。
サステナブル漁網 を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

現代の漁網(ともに刺網)。左はイギリス、右はメキシコの例。網はやわらかくしなやかで、取り回しに長けています。

「色別の網がほしいとか、小さい魚は捕ってはいけないということで、目合い(網の目の大きさ)を大きくする必要があるとか……。私たちのような製網メーカーにとっては、ハードルが高まるばかり。昨今では漁業従事者の高齢化に伴い、“軽くて切れにくい網にしてほしい”“下準備する人手が足りないので、すぐに使えるようにしてほしい”“浮きなどの付属物は、あらかじめ付けて納品してほしい”という要望も上がってきています」
海洋環境問題では、いの一番に槍玉に上げられる放置漁網ですが、その漁網を作ってきた製網メーカーは目まぐるしく変化するニーズに答えるべく、苦闘してきた100年余りだったそうです。
サステナブル漁網 を推進する日の丸ブランドの最前線part 1。桃井製網の“これまで”と“これから”

左上/桃井製網試験室(網糸確認の様子)。左下/熱セット(刺網製造の様子)。右上/編網(刺網製造の様子)、右下/紡糸(樹脂から刺網の糸へ)。

海洋環境問題に対して、桃井製網が取り組んできたこと
「弊社でも1970年代に、マテリアルリサイクルに取り組みました。使用済みの回収漁網を溶かし、再度固めて、原材料同様のチップ型に戻します。北海道木古内市に新工場を建設してまで本腰を入れて取り組んだのですが、当時よりニーズとしては、“品質の良い、強い網”が絶対条件。そうしたなかで、出来上がったマテリアルリサイクル漁網は強度面で基準に達することができず、この品質では使えないと突き返されたのが現実でした」
結局、木古内工場は1998年に閉鎖。これにより、桃井製網はマテリアルリサイクルを一旦断念することになりました。その理由の第一は、要望通りの強度品質が得られなかったこと。ただし、それだけではありません。リサイクル用の使用済み漁網が確保できなくなったという理由もありました。
「回収先の漁網を鮭鱒(サケ・マス)漁に絞っていたのですが、その漁船の数が250隻から20隻へと激減したのです。背景には、先に述べた資源ナショナリズムの問題があります」
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回収漁網。太さ、傷みの程度など、さまざま。

鮭や鱒は、海の表層を泳ぎます。それゆえ漁網に泥や海藻が付着しにくいのです。しかも漁期が1ヶ月半程度と短く、使用済みといっても、傷みが軽微という特徴がありました。鮭鱒用の漁網がリサイクル対象になったのは、そうした経緯です。
「今回、伊藤忠商事さんの紹介のもと、マテリアルリサイクルではなく、ケミカルリサイクルの材料をご紹介いただいています。これは私たちとしても、待ちに待ったものでした。自分たちで実現できることなら、やりたかったけれども、紡績会社レベルの巨大プラント設備を持っていないとできないものなのです」
マテリアルリサイクルと、ケミカルリサイクル
漁網のマテリアルリサイクルでは回収してきた漁網を洗浄し、溶かした後に再度固めて、チップ状にカットします。ただし溶かすと言っても、物質的な変性は起こさず、ナイロンはナイロンのまま溶けたものを、再度固めて、カットするに留まります。
一方で、漁網のケミカルリサイクルとは、ナイロンができる一歩手前の物質形態である“カプロラクタム”へと化学変性させます。そのうえで、もう一度、ナイロンに戻しているのです。つまり分子式を一旦分解してから、改めて化学結合させています。
もちろん石油の状態までは戻しませんが、石油から一歩進んだカプロラクタムにまで戻してから再度ナイロンを作るので、バージン素材と同等の素材品質になるのです。それは製網メーカーが恒常的に購入している原材料となんら変わりません。ゆえに、品質劣化のない再生製品ができるのです。
ただそうなると、工程が増えた分のコストアップが心配です。果たして、コスト的に見合うのでしょうか?
「見合わないです。見合わないですけれども、部分的にでも使用して、実績を積み上げていくことは可能だと思っています。もちろん政府の補助金が出たり、水産業界の自主規制として新たなルールができれば、展開はまったく変わります。でも今の時点ではそういう兆しはないので、漁網メーカーがある程度のコストをカバーしてでも、手掛けていくしかないと思っています」
ちなみに、エコニールを活用した漁網は、まだ世界を見渡しても存在しません。ただし、試作的に作られた漁網は、桃井製網ですでに完成。実験上では、まったく既存の網と変わらないそうです。
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エコニール漁網試作品の品質を確認している様子。

「AQUAFILさんは、回収漁網をきれいに清掃したり、とても大変な労力をかけながら、その品質まで持ってきてくださいました。その思いは、非常によくわかる」と、桃井社長は話します。あとはコストの問題だけですが、まずは漁業者の皆さんに使ってもらって、問題ないことを実証していかないことには話は進みません。
「エコニール製の漁網を、フランス料理に出てくる舌平目を捕っている漁師さんに使ってもらおうと思っています。舌平目のような高級魚でしたら、コスト吸収の可能性がありそうです。それに、あまり力がないお魚なので、糸が細くて済むという側面もあります」
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Aquafil エコニール循環リサイクルイメージ

このプロジェクトのために、イタリアから伊藤忠商事が運び込んだエコニールが、今夏、桃井製網に到着しました。そこから製網作業を経て、実際に漁網が使用されはじめるのが今年の10月頃だそうです。「それから漁師さんの”大丈夫だったよ!”っていう、ニコニコした笑顔を見れるのは、半年後ぐらいかなって思ってます」と、桃井社長は話します。
放置漁網や海洋プラごみなど、昨今さかんに取り上げられることが多い海洋環境問題。海の恵みを大切にしてきた漁業関係者だからこそ、海洋環境問題への意識は特別なものがあります。
サステナブルな漁業を実現するために、海を舞台にした日の丸メーカーの挑戦は始まったばかりです。
※次回のpart 2では、漁網の3R(リユース、リデュース、リサイクル)を掲げ、エコニールを活用しはじめた木下製網の取り組みをご紹介します。
writer
Equally beautiful編集部
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